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次世代EVの鍵となる全個体電池の開発に挑戦

2025.06.12

理学部 T型人材 卒業生

板倉 翼

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板倉 翼
ITAKURA Tsubasa
日産自動車株式会社

2013年度 理学部化学科卒業
2015年度 大学院自然科学研究科博士前期課程修了(化学専攻)


私×学習院大学

6年間、共に切磋琢磨した友人の存在が大きな支えに

文系・理系の学部が集まるキャンパスで、多様な価値観を持った学生と交流できたことは貴重な経験でした。社会に出てさまざまな立場の人たちと仕事をするようになったとき、相手の価値観を尊重する姿勢が身についていたことがとても役立ちました。大学では友人もたくさんでき、中でも学籍番号が隣だった友人は、同じ研究室に所属し、大学院を卒業するまでの6年間を共に過ごしたかけがえのない存在です。その友人の何事に対しても全力で取り組む姿勢には、研究者としても、人としても、とても刺激を受けましたし、切磋琢磨した思い出は今も大きな支えとなっています。

 日本の経済を支えてきた自動車産業が、いま大きな変革期を迎えている。電気自動車(EV)は広く普及しつつあり、本格的な自動運転技術を実装した自動車が公道を走り始めた。自動車は、より環境に優しく、より安全な次世代のモビリティへと進化しつつあるのだ。その進化を後押しするブレイクスルーのひとつが、全固体電池の量産化だと言われている。

 全固体電池は従来の電池とは異なり、液体ではなく固体の電解質を使用する。それにより、液漏れや発火のリスクを軽減して安全性を高めることができるだけでなく、充電時間の短縮や大容量化、長寿命化などが可能になる。そのため、EV用バッテリーとして大きな期待が寄せられているのだ。全固体電池は研究室レベルで高いポテンシャルが確認されているものの、量産化や低コスト化が難しく、EVへの実装にはまだ時間がかかるのが現状だ。だが、EV業界のゲームチェンジャーとなる技術だけあって、さまざまな企業が開発にしのぎを削っている。理学部化学科を卒業後、大学院自然科学研究科化学専攻に進学し、2016年に修士課程を修了した板倉翼さんが勤務する日産自動車株式会社もそのうちの一社だ。

 「現在はEVに搭載するための全個体電池の研究開発に携わっています。ライバルが多く、スピード感が必要になる分野なのでプレッシャーも感じますが、その分、研究が前進したときに感じられるやりがいもひとしおです」

 2023年に日産に転職するまで、板倉さんは新卒で入社した化学メーカーに7年間勤務。半導体やリチウムイオン電池の部品として使われる化学材料の開発を手がけていた。充実した日々を送っていたが、仕事を続けるうちにある想いが湧き上がってきた。

 「さまざまな化学材料の開発に携わってきましたが、BtoB向け製品が主だったため、その後どのような姿で世に出ていくのかを把握するのが難しい業態でした。しかし次第に、自分が作ったものが店頭に並ぶ姿を見てみたいという気持ちが強くなったんです。そこで、自動車という最終製品を取り扱う日産自動車への転職を決めました。できるだけ早く全固体電池を実装したEVの市販化を実現し、自分が開発に携わったんだと、胸を張って言えるようにすることが現在の目標です」

※Business to Business(企業間取引)の略称。一般の消費者ではなく、企業を対象としてビジネスを行う。製造に利用する機械や業務で利用するシステムの販売提供といった取引が該当する。

 今でこそ研究者として企業の第一線で活躍する板倉さんだが、入学当初は将来就きたい職業がまったく定まっていなかったという。

 「化学は一番好きな科目ですが、それをどう仕事に結びつけるかまでは考えていませんでした。基礎研究に注力している理学部であれば、化学の土台となる知識を身につけることができ、将来の選択肢を広げることができるだろうと考えたことが進学を決めた理由です。兄も学習院大学に通っており、理系の研究レベルの高さを聞いていたことも後押しになりました。実際に入学してみると、理学部化学科は他の学科に比べて小規模で、まるでひとつのクラスのようで和気あいあいとした雰囲気。そのおかげで、学科の同級生で親しい友人がたくさんできました」

 座学や実験で化学について深く学ぶうちにその面白さの虜になり、板倉さんは研究職に就くことを目標に修士課程に進む。

 「頭で考えるのはもちろん、手を動かして泥臭く実験した分だけ成果に近づくことができる分野であることに魅力を感じて、有機化学を専攻しました。思いついたことをすぐに試してみたくなる私のようなタイプに向いていたのかもしれません。深夜まで研究に没頭するなど努力を続けた結果、よい成果が得られ、論文投稿や国際学会での発表会など、研究者としての自信につながる経験を積むことができました」

 学生時代の3年間の研究活動が、研究者としての礎になっていると語る板倉さん。当時、身につけた知識やスキルは現在の仕事でも活かされている。

 「仮説を立てて、実験を行い、結果を評価し、失敗したら改善策を考える。そうしてPDCAサイクルを回して研究を進める方法を学生時代に身につけましたが、企業での研究でも基本は変わらないため大いに役立っています。
 また、研究室には留学生が多く在籍していたので、普段から英語で会話をする機会があったことも今になって功を奏しています。日産はグローバルな会社なので、海外出身の同僚や海外の顧客との打ち合わせなど英語を使う機会が多いですが、臆することなくコミュニケーションを取ることができています」

 もちろん、大学での研究と民間企業での研究では異なる点もある。

 「民間企業はやはり利益を追求しなければならないため、短期間で結果を出す必要があります。実験がうまくいかなかった場合、学生時代は時間をかけて片っ端から違う方法を試してみることができましたが、民間企業ではスピーディに問題を解決する必要があり、原因を絞り込んで効率的に最善策を見つけ出すセンスが問われます。そこで重要になるのが情報収集力です。文献やインターネット上の情報を集めるだけでは不十分。さまざまな分野のスペシャリストと人脈を作り、適切なアドバイスをもらえる体制を整えておくことも大切です。これに加えて、当然限られた時間の中で計画的に作業を進める能力も求められます。
 また同じ民間企業でも、前職と今の仕事では求められる力は異なります。BtoBの会社だった前職では、取引先もいわばプロ。製品に対する知識が豊富で細かい説明は不要でしたが、現在は専門知識を持たない一般消費者を対象とした製品を作っているため、機能を言語化したり、数値化したりして、わかりやすく伝えることが必要になります。
 これらを踏まえて学生時代を振り返ってみると、とても恵まれた時期だったのだとあらためて思います。興味のあることに思う存分に挑戦でき、時間を気にせず自由に実験ができたのですから。学生の皆さんには、そんな貴重な時期を大切に過ごしてほしいと思います」

 その一方、民間企業で研究するからこそ味わえる醍醐味もある。

 「全固体電池はメディアに取り上げられることも多く、社会にインパクトを与えていることを実感できます。また、自動車メーカーとして、常に安全性、信頼性を重視して開発を行っており、人の暮らしに密接にかかわる製品を作っていると感じられることもやりがいにつながっています」

 日産自動車は、2028年までに全固体電池を搭載したEVを市場投入すべく、開発を加速させている。だが、全固体電池の実用化は板倉さんにとってゴールではない。その先の未来を切り拓こうとするのが研究者の性だ。

 「大企業では研究も含めてトップダウンで仕事が進められることが多いです。しかし、その中でも自分なりの工夫を盛り込んでオリジナリティを打ち出すことを常に意識しています。指示された仕事からさらに半歩先、1歩先まで進んで結果を出そうとする姿勢を研究者として大切にしていきたいと考えています。会社としても新たなアイデアを創出することを重視しており、主業務とは別に未開拓の分野や個人的に興味のある分野について研究できる機会が用意されています。
 どんな組織にいても、どんなテーマに取り組んでも、研究というものは常にトライ&エラーの連続です。しかし、よい成果が出たときには、それまでの苦労をすべて忘れさせてくれるほどの喜びが待っています。これからもその喜びを味わうために研究を続けていきたいと思います」

※所属・肩書等は取材当時のものです。