綿密な実験モデルを構築し、心の仕組みを解明する
2024.02.26
今井 久登 教授
prof. IMAI Hisato
専門:認知心理学
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先生が研究している内容を教えてください
人間が自覚できない潜在記憶
私は認知心理学、あるいは実験心理学と呼ばれる領域を研究しています。人間は自覚していなくても、目に入ったものを憶えていることがあります。それを潜在記憶と呼びます。意識していなくても、どこかで目にした広告の商品に魅力を感じてしまうといった現象も潜在記憶の働きの一例です。現在は、潜在記憶が機能している状態かどうかを判別する心理実験モデルを作り、実験参加者の協力のもと研究を進めています。ほかにも、意図せずして思い出されてくる記憶の仕組みなど、さまざまな人間の心理に興味を持って研究しています。自分で自分の心を覗き込んだり観察したりするだけでは知ることのできない心の働きを垣間見られること。それが、認知心理学や実験心理学の醍醐味だと思います。
"転機"となった出来事はありますか
1冊の本をきっかけに心理学の道へ
大学に入学した当初は理論物理学の道を志していました。しかし、想像以上に難しく、挫折を感じていたところ、「情報処理心理学入門」という本に出会ったのです。その本を通じて、人間の心理を自然科学の考え方で理解しようとする認知心理学の面白さを知り、思い切って心理学科に進むことに決めました。修士課程で潜在的な知覚過程に興味を持ちましたが、当時はまだ広く認知されている分野でなく、研究の方向性が定まっていませんでした。しかし、アメリカで実績を積んで帰国された先生と議論を交わすうちに目標が明確になりました。その後も優秀な先生方に指導していただいたり共同研究を行ったりしたことで、研究者としてのベースを作ることができました。
研究を進めるうえで苦労した点はありますか
重要なのはデータとストーリー
私が心理学の研究をはじめた頃は、潜在記憶のような意識と無意識に関わる分野は実験や実証が難しいとされ、研究が進んでいない分野でした。しかし、現在では心理学だけでなく、自然科学や工学でも意識や無意識が重要なテーマとなっています。目に見えない人間の心や認知過程を明らかにするのは難しいことですが、だからこそ実験を通して得られた目に見えるデータが重要になります。また、研究の論理や論じ方の流れといったストーリーも重視しており、データとのバランスを取りながら面白い論文を書くことを心がけています。潜在記憶の研究は実験方法の構築が難しく、現在のテーマにも10年以上の歳月をかけていますが、近いうちに目に見える成果につなげたいと思っています。
研究を更に深めるために何が必要だと思いますか
共同研究が生み出す相乗効果
研究に取り組む際には信頼できる少数の研究者たちと共同研究を行うことを大切にしています。ディスカッションを繰り返すことで、実験のヒントが得られたり、研究が思いもしなかった方向に発展していったりすることがあるからです。卒業論文を指導する際にも同様のことを重視しています。研究テーマはそれぞれ別であっても学生同士で意見を交わし合ったり、実験モデルの構築やリサーチ方法を一緒に考えたりすることで、お互いに研究の質を高め合えるような研究室を目指しています。
今井教授の知の展望
認知の仕組みを解き明かし、さまざまな分野の応用へ
認知心理学の研究を通して、例えば、憶えておきたいことを忘れないようにする、逆に忘れてしまいたいことをできるだけ思い出さないようにするといった記憶のコントロールを可能にする技術のヒントが得られる可能性があります。また、認知の仕組みを解明することで、認知症の予防や治療につながるとも期待されています。更には、人工知能を開発する際に人間の認知のプロセスが応用されるかもしれません。このように、認知心理学はさまざまな可能性を秘めた分野なのです。
PROFESSOR'S LIFE STORY
高校 | 高校時代は物理学が大好きで、アインシュタインを尊敬。理論物理学者になるという夢があった。 |
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大学 | 認知心理学と出会い、心理学者の道へ。心理学の基礎と実験心理学のノウハウを身につける。 |
修士 | アメリカで最先端の研究を行っていた助教授の指導を受け、研究の方向性が明確になる。 |
博士 | 博士号を取得した後、国内で大学教員としてのキャリアを開始。ボストン大学で共同研究も行った。 |
※所属・肩書等は取材当時のものです。