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倫理学の観点から公衆衛生の施策を検討する

2024.06.10

玉手 慎太郎 教授

Prof. TAMATE Shintaro

法学部 研究知

専門:公共哲学

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「公衆衛生倫理」とはどのような学問でしょうか

善意の暴走を食い止める箍(たが)となる学問

 感染症予防や健康増進など公衆衛生に関する施策を、倫理的な観点から検討する学問です。新型コロナウイルス感染拡大防止のための、都市のロックダウンがわかりやすい例でしょう。健康を守るために必要な措置ではあったものの、人々の自由が制限される施策でもありました。こうした施策が「どのような条件下で、どのレベルまで認められるのか」を倫理的に考えるのが、公衆衛生倫理です。人々の健康状態をめぐる問題が重要視される現代において、国家の介入が暴走しないよう、箍(たが)の役割を担う学問だと思います。

近年力を入れている研究テーマは何ですか

肥満問題やITを使った健康管理
尽きない研究の種

 肥満対策の倫理問題に関する研究です。肥満対策は近年の健康増進の目玉のひとつです。健康のために痩せるのは良いことですが、国から要請され、政策として進められることに違和感を覚える人もいるでしょう。その背景には行き過ぎた「パターナリズム」、国家の効率的な運営のための「健康の道具化」、個人の責任が過度に強調され非難が生じる「健康の自己責任論」、肥満状態の人への差別を生み出す「スティグマ化」等の問題があります。また、直近では、ウェアラブルデバイスを通じた健康情報のモニタリングとビッグデータ化について、倫理的な問題点を探っています。身近なところに研究の種が潜んでおり、また時代の変化とともに新しい課題も生まれるので、考えることは尽きません。

※権力や能力のある者が、弱い者に対して当人の利益になるという理由で介入や干渉をすること

現在の道に進んだきっかけを教えてください

学部の枠にとらわれない
自由な研究に邁進した学生時代

 幼いころから些細なことにも疑問を持ち、思索にふけるのが好きでした。大学では就職のことを考え経済学部へ進学。しかし身の回りの出来事に問いを立てるのが好きだった私にとって、良し悪しの基準がはっきり決まっている経済学は向いていないと悩みました。転機になったのはゼミの指導教官であった恩師との出会いです。経済理論の先生でしたが経済哲学にも精通した方でした。その影響で哲学研究に興味を持ち、経済哲学からやがては公共哲学へと研究分野を広げるように。自由に研究させてくださった恩師に感謝しています。その後、東京大学医学部医療倫理学教室に研究員として所属していたころ、公衆衛生倫理に出会いました。学んだ知識を政策検討に直接活かせる点は興味深く、やりがいを感じています。

印象に残っているエピソードを教えてください

時間をかけて昇華させた研究が反響を呼んだ

 4年かけて完成した、「自己責任論」について批判的に検討した研究論文が多くの人に評価されたことです。何度も前提に立ち返り、さまざまな関連する論文を読み漁り、思索を深める。一見回り道に思えるこうした作業を丁寧に繰り返すことで、思考が研ぎ澄まされ、納得のいく内容に仕上がったのだと思います。この論文が出版社の目に留まり、『公衆衛生の倫理学』を刊行することができました。時間をかけて真剣に取り組んだことはちゃんと読み手に伝わります。学生にも、回り道を無駄なことと捉えず、満足のいく成果を導き出すために必要なフェーズだと考えてほしいですね。

玉手教授の知の展望

広く世の中に求められ後進も育っていく分野に

 公衆衛生倫理は、今後更にニーズが高まる分野だと考えられています。私が研究を始めた当初、公衆衛生倫理はニッチな分野でした。今はコロナ禍などで注目が集まり、研究者の数も徐々に増えてきています。私自身が満足できる研究成果を残していくことはもちろん、後進が10年後にはその成果を軽々と超えていくことも望んでいます。私のことを踏み越えていってほしい。研究者にそのくらいの気概があってこそ、研究分野として発展していくのではないかと思っています。

PROFESSOR'S LIFE STORY

高校 吹奏楽部に所属し、ひたすら練習に励む毎日。好きな授業は倫理。思索にふけることが好きな生徒だった。
大学~大学院 キャリア形成の観点から経済学部に進学。適性に悩んでいたが、恩師との出会いを機に、公共哲学の道へ。

東京大学医学部
医療倫理学教室

大学院修了後、研究員として配属。公共哲学を医療・健康の分野と結びつけ、現実に直結した研究ができる公衆衛生倫理の魅力に目覚める。
学習院大学 近年は肥満問題、ITを使った健康管理に関する問題などに取り組む。 著書『公衆衛生の倫理学』は合評会でも好評を博す。

※所属・肩書等は取材当時のものです。