岐路に立つ日本のものづくり産業 その経営を現場と理論から考える
2024.06.10
柴田 友厚 教授
Prof. SHIBATA Tomoatsu
専門:技術・イノベーション経営
先生の研究内容を教えてください
企業の明暗を分ける要因を探る
企業を対象にした経営学が研究分野です。同じような市場環境の変化に直面しても、成長する企業と衰退する企業に分かれますが、その決定要因を探っています。主な研究対象は、日本が高い競争力を誇るものづくり産業の盛衰。例えば半導体産業。日本は、1990年代まで高い世界シェアを維持していましたが、現在では台湾や韓国の企業が成長し、大きくシェアを減らしています。その原因は、日本が不確実性の高い新技術の開発に躊躇していた間に、海外企業は研究開発や設備投資に積極的に投資をしていたことにあります。つまり、技術自体ではなくて、技術戦略や経営判断が明暗を分けたのです。このように、ものづくり産業の経営においては、技術と経営は車の両輪であり、両者がうまくかみ合うことが重要です。
研究するうえで大切にしていることは何ですか
企業の現場から見えてくるもの
必ずフィールドワークで現場の声を聞く研究姿勢を基本にしています。工場など製造現場を視察するのはもちろん、ヒアリングなどで製品の開発プロセスや経営状況を把握しながら研究を進めています。それにより、大学の研究室の中にいてはわからない企業の社風や暗黙的な慣行といったものまで見えてくるのです。そうして得られたデータや情報も活用しながら、理論や仮説の構築を行います。経営学において企業と研究者は持ちつ持たれつの関係です。研究成果を書籍、雑誌、新聞等で発信したり、講演や企業研修等で報告したりして、企業のみならず社会に広く伝えています。そして、それに対する反応や評価を更に研究に反映させることで、研究のレベルアップにつなげていきます。このように経営学では、常に社会とのかかわりを意識しながら研究を行うことが重要です。
近年力を入れている研究テーマは何ですか
産業の転換期をどう迎えるか
フィルムカメラからデジタルカメラに移行した際や、ブラウン管テレビが液晶テレビに切り替わっていった際に、大きな打撃を受けて消えていったメーカーもあれば、それをチャンスとして逆に成長したメーカーもありました。現在、そうした大きな転換期を迎えているのが、自動車産業です。電気自動車と自動運転という二つの新たな技術の登場により、100年に一度と言われる大きな転換期を迎えています。これまで日本の自動車産業は競争力が高く、世界市場で大きな存在感がありました。しかし、欧米や中国を中心にエンジン車から電気自動車への移行が進みつつあり、市場の先行きは見えにくくなっています。電気自動車の初動に遅れた日本の自動車メーカーが、今後どのように対応していくべきかが問われています。そこで、過去の他業界の転換期に起きた現象を分析し、その背後で働いた論理やメカニズムを抽出して理論化し、将来の経営判断に資する方策を検討しています。
研究の面白さや醍醐味を教えてください
過去を知ることで未来を予見する
かつてカメラ産業やテレビ産業に訪れた曲がり角が自動車産業にも起きているように、産業革命以降、同じようなパターンが繰り返されています。そのため、未来を知るには、過去を知ることが重要になります。過去の出来事や現在の状況を分析し、そこから新しい仮説や理論を導き出せれば、現在起きている経営現象への理解が深まります。同時に未来の予見可能性を高めることもでき、将来に向けた処方箋の提供にもつながります。そうして長い目でみて、産業ひいては社会に貢献できることが研究のひとつの醍醐味です。私自身、好業績を維持し続けているエクセレントカンパニーに勤務していましたが、なぜ長年にわたり強い企業であり続けられるのかが不思議でした。それが経営学の研究に進んだきっかけだったのですが、現在は研究を通してさまざまな企業を間近で知ることができ、その経営の本質に迫れることに研究者としてのやりがいを感じています。
柴田教授の知の展望
経済安全保障を念頭に
半導体産業の復活を目指す
さまざまな製品に組み込まれている半導体は、"産業の米"と言われており、それなしでは産業が成り立ちません。しかし、近年では日本の半導体の生産量や製造装置の世界シェアが大きく落ち込んでいます。また、半導体生産が特定の国や企業に集中していることで、コロナ禍で供給網が滞ったように、今後も情勢不安により半導体の調達が難しくなることが懸念されています。そうした経済安全保障の観点も踏まえたうえで、日本の半導体産業や製造装置産業の経営を分析しています。
PROFESSOR'S LIFE STORY
大学 | 高校時代はニュートンやアインシュタインに憧れ、宇宙物理学者を目指していた。そのため、大学では理学部に進学。 |
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就職 | 大学卒業後は、民間企業にエンジニアとして10年、その後、民間シンクタンクに転職して10年間勤務。 |
研究の道へ | 勤めていた民間企業は優良企業だったが、成長する企業と衰退する企業があることから、企業の強さの秘密が知りたくなり、経営学に関心を持つ。 |
転機となった出会い | シンクタンクに勤務していたとき、一橋大学で教鞭をとっていた経営学者・野中郁次郎教授と出会い、研究の面白さに目覚める。 |
※所属・肩書等は取材当時のものです。