

放線菌が紡ぐ薬品開発の歴史と未来への挑戦
2025.06.12
尾仲 宏康 教授
Prof. ONAKA Hiroyasu
専門:微生物科学
DIGEST MOVIE
Professor Fileをダイジェスト動画で紹介!
「放線菌」とはどのような生物なのでしょうか
さまざまな薬品を作り出す
人類にとって不可欠な生物
放線菌は土の中ならどこにでもいる微生物です。薬のもととなる物質を作り出すことで知られており、現代の人間の営みに欠かせない生物であると言えます。かつて結核は不治の病として恐れられていましたが、特効薬であるストレプトマイシンが放線菌から発見されて大きな注目を集めました。そのあと、研究が進み、抗生物質をはじめとした数多くの薬が放線菌から発見されて実用化されました。人類がこれまでに発見した生理活性を持つ天然物は2万3千種類以上にのぼりますが、その1/3にあたる約8千種類が放線菌から発見されたものです。このように、放線菌は人類にとって非常に有用な微生物なのです。
先生の研究内容を教えてください
遺伝子組み換えにより
薬効を高めた薬の開発を目指す
放線菌は膨大な種類がおり、採取場所が少し離れるだけで異なる種類が見つかります。研究室では世界中から土壌を採取して、新薬のもとになる珍しい放線菌を探しています。最近は、さまざまな野鳥が訪れ、各地の放線菌が運ばれてくると思われる石川県の舳倉島(へぐらじま)へ行き、約千種類の放線菌を採取しました。採取した菌は培養、選別して遺伝子の配列を解析。データベースと照合して、どんな物質を作り出すかを予想します。また、放線菌が実際に作り出した物質は分子量測定などで組成を割り出します。遺伝子配列と物質の組成から物質が作られる仕組みを明らかにするのです。そして、遺伝子と物質の特定だけでなく、遺伝子を組換えて新たな構造の物質を作らせることで、より薬効の強い薬の開発も目指しています。更には、研究を通して、放線菌がなぜ抗生物質を作るようになったのかという進化的な謎も解き明かしたいと考えています。
研究の面白さや醍醐味を感じるのはどのようなときですか
未知の放線菌がどこかにいると
想像するだけでわくわくする
学生時代から放線菌の研究を続けていますが、当初は放線菌がどれほど驚異的な生物であるか理解できていませんでした。しかし、研究を進めるうちに非常に大きな可能性を秘めていることを実感し、すっかり魅了されてしまいました。放線菌は土壌ごとに異なる種類が生息しており、作り出す天然物の種類もまったく違います。そのため、研究の種が尽きることがありません。また、放線菌は、核やミトコンドリアなどを持たない単純な細胞構造の原核生物に属しますが、菌糸を伸ばしたり、胞子をつけたりするなど、非常に複雑な形態分化をすることがわかっており、原核生物の中で最も進化した生物だと言えます。このようなユニークな特徴を持つ放線菌は、常に知的好奇心を刺激してくれます。私たちの知らない珍しい放線菌が世界中のどこかにいると想像するだけでわくわくしてきます。
印象に残っているエピソードを教えてください
同じ研究テーマで先を越された苦い経験
あるとき、新たな物質を発見して分析を進めていたのですが、海外の研究者も同時期にまったく同じ物質を発見しており、論文の発表で先を越されてしまったことがありました。非常に悔しい経験でしたが、その研究者と話してみると、とても気が合ったのです。同じ分野に興味を持つ者同士だからこそわかり合えることがある―ライバルは一番の理解者なのです。確かに研究の世界は厳しいですが、そのように世界中の研究者と交流できることも魅力です。競争相手がいる分野ほど切磋琢磨して研究が発展しますし、ライバルだった相手と共同研究が始まることもあります。学生の皆さんにもぜひ、研究を通してさまざまな人々と交流を深め、世界を広げてほしいと思います。
尾仲教授の知の展望
微生物の多様性と有用性を
多くの人に知ってほしい
生物多様性が叫ばれる現代ですが、地球上で最も多様性のある生物が放線菌などの微生物です。目に見えないため、人類の多くが存在を気にすることなく暮らしていますが、微生物はあらゆる生物の中で最も数と種類が多く、最も繁栄している生物なのです。ですから、薬だけでなく、さまざまな有用な物質を作り出す可能性を秘めた微生物もいることでしょう。そんな微生物の魅力を多くの人に知ってもらうことで、生物多様性に対する世の中の理解が深まり、研究が更に発展していくことを期待しています。
PROFESSOR'S LIFE STORY
大学 | 所属した研究室で最初にもらった研究テーマが「放線菌」。面白さに気づいてからは、放線菌の研究にどんどんのめり込んでいった。 |
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研究の道へ | 放線菌が持つ大きな可能性を実感し、本格的に研究の道へ進む。放線菌の遺伝子組換えなど、新たな挑戦もスタート。 |
研究の日々 | ライバルに先を越されるなど悔しい思いをしながらも研究を前へ進める。サンプル採取のため、遠方へ出かけることも。 |
現在 | 生合成により効果の高い薬を作り出すなど、新たな手法を開発。社会貢献を見据えて学生と共に研究に励む。 |
※所属・肩書等は取材当時のものです。