
世界最高精度の計測装置で量子の謎に迫る
2026.06.17
松本 伸之 准教授
Assoc. prof. MATSUMOTO Nobuyuki
専門:量子制御・光計測
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先生の研究内容を教えてください
目に見える大きな物体も
量子のような性質を持つのか?
電子や原子は、粒でもあり波でもある不思議な性質を持った量子であることが知られています。また、観測するまで生きているか死んでいるかわからない、生と死が重なった状態である「シュレディンガーの猫」の思考実験の例のように、通常の考え方ではありえない複数の状態が同時に存在する「重ね合わせ」という現象が起きることがわかっています。2022年には、2つの量子が遠く離れていてもなぜかつながっているように振る舞う「量子もつれ」という現象が確かに存在することを証明した研究がノーベル賞を受賞しました。このように、非常に小さな量子は人間の常識では考えられない振る舞いをしますが、私たちが普段目にしているような大きな物体にも量子のような性質があるのでしょうか? 私の研究では、独自の実験手法を開発し、その物理学上の大きな謎を解き明かすことを目指しています。
どのような実験手法なのでしょうか
「世界で最も長く揺れ続ける鏡」で
量子もつれの検出を試みる
2枚の鏡の間にレーザー光の圧力で量子もつれを作り出し、その際に起きる鏡の振動を、光の干渉を利用して高精度な測定ができるレーザー干渉計で検出することにより、量子の挙動を捉えようとしています。量子もつれのようなわずかな動きを捉えるには、地面の振動や音などの雑音から鏡を完全に切り離さなければなりません。また、安定して計測を行うには、鏡を振り子のように吊り下げて揺れ続ける状態にすることが理想的です。そのため、私は揺れの止まりにくさを極限まで高めた「世界で最も長く揺れ続ける鏡」を開発しました。このアイデアのもとになったのは、重力波を検出するための重力波望遠鏡という大規模な装置です。それを量子もつれの検出に応用し、実験室レベルで使えるまでに単純化・小型化しました。この装置が完成したことで、人類は初めて大きな物体の量子的な性質を探るスタートラインに立つことができました。
現在の研究を始めたきっかけを教えてください
優れた観測技術を
異なる科学分野で応用したい
大学院生のころから、重力波望遠鏡を開発する研究チームに所属していました。重力波は、ブラックホールの合体などによって生じる時空のさざ波で、アインシュタインがその存在を予言していました。重力波望遠鏡は重力波を観測するために、鏡を使ったレーザー干渉計を採用していましたが、研究に携わるうちにその素晴らしい技術を重力波の観測以外にも活かせないだろうかと考えるようになりました。そうして考え出したのが、レーザー干渉計を量子もつれの観測に応用するというアイデアです。重力波研究で培われた技術を量子物理学という全く異なる科学分野に応用する新たな挑戦でしたが、もつれ生成に必要となる原理的な性能を満たした各種装置の開発に成功しました。この研究を通して、大きな物体の量子もつれを観測できれば、量子重力など未知の物理現象の解明につながるのではないかと期待しています。

研究のモットーを教えてください
緻密な準備とアイデアで
測定精度の限界を超える
私が研究において最も重視しているのは、実験手法の設計です。精密測定というと手先の器用さが重要視されがちですが、実際には、事前の十分な準備と綿密な設計こそが、測定の精度を左右します。狙った精度を実現するためには、各装置を徹底的に検討・設計し、その感度を緻密に計算することが不可欠です。設計が完了したあとは、要求性能を満たすために各装置の開発を進めますが、性能が着実に向上していく過程も楽しいものです。そうして目標を到達できるかどうか、ぎりぎりの限界に挑み、それを実現できた瞬間には大きな喜びを感じます。量子もつれを観測するためのレーザー干渉計を使った実験方法は、シンプルな構造と単純なアイデアで成り立っていますが、それにより従来の限界を超えた世界最高の精度を実現しました。アイデア次第で研究が大きく進むことも醍醐味のひとつです。
松本准教授の知の展望
実験衛星の装置を応用し
重力の正体を探る
現在の研究では、光を使って量子もつれを作り出そうとしていますが、重力を使って量子もつれが作れる可能性が示唆されています。それが実現すれば、重力が粒の性質を持つ証拠になります。現代物理学の最大の謎である重力の正体を解明できるかもしれません。そのために、注目したのが、実験衛星「LPF」です。「LPF」にはレーザー干渉計が搭載されていますが、私はその装置を少し修正するだけで重力による量子もつれを観測する実験ができる余地を見出しました。現在はその実現に向けた研究も進めています。
PROFESSOR'S LIFE STORY
| 大学時代 | 大学時代はくじ引きで決まった「超伝導」の研究室にいたが、講義を通して知った量子力学の世界に惹かれ、大学院では重力波の研究を志す。 |
|---|---|
| 大学院時代 | 重力波望遠鏡に使われるレーザー干渉計の開発チームに参加。そこで培った知見を活かして現在の研究に取り組む。 |
| 研究者として | 鏡を使ったレーザー干渉計により、大きな物体の量子もつれの観測を目指すとともに、重力による量子もつれの観測も視野に。 |
※所属・肩書等は取材当時のものです。